小学生レッスン体制の変更につきまして

2018年度より小学生は募集対象学年、レッスン回数、時間が変更となります。

1.募集対象:
(旧)小6から
(新)小5から

2.レッスン時間/回数:
(旧)90分+60分の週2回/月6回
(新)60分のみ週1回/月3回

3.変更に至る経緯
これまでの<90分+60分の週2回のレッスン>という形式は6年前、「小6生が9月から始めるレッスン」という前提で設定した短期集中講座に端を発しています。中学入学直前に、より短期間で教室の環境と講師に慣れ、また極力英語に触れる時間を増やすことで、英語へのハードルを下げ、慣れを生み出すことをネライとしたものでした。

このコースは当時小6生のみを対象としていたものでしたが、小5生の入会希望者も多く来てくださり、「小5から週2で英語は少し多いのではないか」という思いが私の中にはあれど、のんびり洋書に触れていくというこの教室のスタイルであるがゆえに害もなかろうと判断し、ひとまずこの形を当時の5年生、また以降の6年生にも適用しここまで運用してきました。

一方で、(1)小学生の集中力の持続時間(90分は学校の授業2コマに相当する時間であること)(2)他の稽古事がある場合の通いやすさ(複数のお稽古事はむしろ今は当たり前で調整の難しい場合も少なくない)(3)他の子どもの学びやアクティビティと比較した場合の、英語週2回の重要度(英語を増やすなら日本語の本を読む時間の方が大事ではないだろうかなど)(4)レッスン時間と効果(上達)との関係(集中力や興味・関心の要素も極めて大きい)(5)英語を学ぶ目的から見た場合のレッスンのあり方(教室にこもって英語の勉強時間を増やすことがグローバルと言えるだろうか、など)の5点を様々な角度から考慮した場合、<90分+60分>というレッスン形態は短期向きではあれど、中長期的に学ぶ場合には現在のところ「余剰」という判断をするに至りました。

今後レッスンを進める中で、さらによりよい形が出てきた場合には改めて変更を加えることもあろうかと思います。例えば、ひときわ英語に興味や関心をもった生徒を対象にレッスン頻度を増やす。あるいは、中学に上がる直前に集中的にとか、プロジェクトを組んで皆で取り組むなど特定の目的を設定した上でレッスン頻度を増やすなど。こうした構想がまた実現する段になりましたら、その時はお知らせいたします。

 

2018年度生徒募集について

2018年度の新小5/6、及び新中1生の入会受付を開始いたします。

1.体験レッスン&レベルチェック

随時行っております。日程はお問合せください。

2.入会のお申し込み

体験の後、一旦ご自宅にてご検討いただき、生徒、保護者の方ともにこの教室で学んでいこうという気持ちになりましたら、入会手続きへ移ります。教室にて手続きを承りますので、ご都合のよろしい日をお知らせください。不安なことや素朴な疑問など、何でも遠慮なくこの機会に質問されてください。

3.入会時に必要な費用

<小学生>
入会金:10,000円※
4月分の月謝:10,000円

<中1生>
入会金:10,000円※
4月分の月謝:10,000円
書籍管理費・諸経費(4~9月分)6,000円

※きょうだい生は入会金はかかりません。

本日をもって今年度の受験が全て終了しました。

中学、高校、大学受験をした全生徒が、晴れて第一志望校の合格を手にしました。希望を胸に、険しくとも逃げることなく、自分で選択した道にしっかりと責任をもって歩んできたご褒美でしょう。

心からおめでとう。

教室もいよいよ春です。

ことばを感じる

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これも中2の子の作品。

前々回の記事で紹介した作品にもbutが入っています。この子たちがbutを日本語に変換して捉えているのか、あるいは逆接の記号として捉えているのかは定かではありませんが、このことばの雰囲気をこれまでの読書で感じとってきて、こうしてオチの部分に効果的に表現しているのは、とても興味深いものです。

そして、話者を明確にするために~saidを付け加えることも、きっと自然に洋書を読んできて身についたことなのでしょう。

とってもほのぼのしてますね。登場人物の顔こそ描かれていないものの、読んでいると、僕はこのストーリーの中に出てくる子どもたちの顔が浮かぶようです。むしろ顔が描かれていないからこそ、僕らに自由に想像する余地を与えてくれるのでしょう。

過程こそ学びの宝庫

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一つ前の記事紹介した絵本、実はA4用紙の裏表にびっしりと草稿を書き、何時間も何日も、頭の中で英語でシナリオを考えて考えて、本当に考えても「できなーい!!!」―そんなもどかしい自分を俯瞰して認めた瞬間に絞り出されてきたもの。短いのに、爽快で力を感じるのは、この過程を経て、まさに「今の自分の姿」を描写したことによるのかもしれませんね。

これと同じようなことを、僕は教え子たちの就職活動を支援しているときによく目にします。

1年前には、まだ同じことばは生まれてないし、1年後には、もう同じことばは生まれないでしょう。

この子が、今この瞬間にしか紡ぎ出すことのできない等身大のことば。